米国カリフォルニア州ベンチュラに本社を置くアウトドアアパレルブランド「Patagonia(パタゴニア)」は、環境問題に警鐘を鳴らす社会的企業として知られ、環境に与える悪影響を最小限に抑えた製品づくりを行なっています。モリウミアスのスタッフが着用するスタッフ用ポロシャツなどのウェアは、すべてパタゴニアの製品です。31歳の時にパートタイムスタッフとしてパタゴニア・渋谷店で働きはじめ、2009年より同社の日本支社長を務める辻井隆行さんに、ご自身のバックボーンから自然環境がこどもにもたらすもの、よりよい未来に繋げるためのビジョンなどを熱く語っていただきました。

自然から生きる知恵を学ぶ

――辻井さんといえばアウトドアなイメージですが、こどもの頃から自然は身近な存在だったのでしょうか。

僕は東京生まれの東京育ちで、むしろ自然のない中で育ちました。こどもの頃は隅田川のほとりに住んでいたのですが、とにかく川が汚かったのを覚えています。釣りをしてもザリガニとダボハゼくらいしか釣れず、しかも臭いので、魚も好きじゃありませんでした。夏休みになると、みんなおじいちゃんやおばあちゃんのいる田舎に遊びに行って、夏休みが終わると真っ黒に日焼けして登校してくるんです。川でうなぎを捕まえたとかイノシシを食べたとか、そんな話を聞くとうらやましくて、自然は憧れの対象でした。でも外で遊ぶことは好きで、野球やサッカーはよくやる活発なこどもでしたよ。そういう環境で育って、高校、大学、社会人とずっとサッカーをやっていたので、大人になるまでほとんど自然と接する機会がなかったですね。

――それは意外でした。どこから切り替わっていったのですか?

社会人になって3年ほどでサッカーを辞めて、会社も退社しました。自然への憧れはずっとありましたから、次にやるならアウトドアスポーツに関わってみたいと思ったんです。縁あってシーカヤック専門店で働けることになり、シーカヤックのガイドを務めることになったのですが、テントを自分で立てて寝るのもほぼ初めての状態で、とにかくアウトドアに夢中になりました。27歳の時です。

――アウトドアのどんなところがおもしろいと思われたんですか?

サッカーは対人スポーツなので、相手と競争したり、ライバルを負かすなど、常に人のことを意識する必要がありました。一方でシーカヤックは対自然というか、例えば数ヶ月旅に出るとすれば、ゴールも自分で決めて、その日に上陸する場所も自分の判断で決めなければいけません。水場があるか、満潮になっても浜が沈まないか、陽が当たるかなど、上陸できる場所も限定されます。さらに天気をよんで、翌日に出るかどうかも自分で決める。そういうところが、それまでやってきたサッカーとの一番の違いでした。シーカヤックでは、強い風の中でもなんとかゴールすると成長できたという手応えを感じましたし、途中で失敗して、自分はまだまだだと打ちのめされることもありました。自然は様々なことを時に父のように厳しく、母のように優しく教えてくれて、それがすごくおもしろかったです。

環境問題に目を向ける

――パタゴニアとの縁はどういったきっかけだったのでしょう。

シーカヤックでバンクーバー島を3ヶ月間巡っていた時に、当事働いていたカヤックショップが潰れて無職になってしまったんです。フラフラしていたらパタゴニアで働かないかと誘ってもらい、31歳の時に最初はアルバイトで渋谷店に入りました。
正直、その時はパタゴニアのミッションである環境保護についてもそこまで深くは考えていませんでした。でも、プロダクトのトレーニングを受ける中で素材の話や工場の話、なぜリサイクルが大切なのかということを教えられ、さらに最近では、日本のメディアではあまり報道されない気候変動の影響やプラスティック汚染など、目を覆いたくなるような環境破壊が世界中で起きていることを知るようになり……。

――そこから現在のさまざまな活動に至るのですね。

世界中の環境汚染の大部分はビジネスが引き起こしているといわれていますが、それを解決するのに税金を投入したりNPOが奮闘しなければならないのはおかしな話で、ビジネスが責任をもって解決すべきだと思うんです。しかも、応急処置ではなく体質から変える必要がある。もちろん、利益を生まなければビジネスは継続できませんが、そればかりを追い求めればいつかは行き詰まるはずです。社員が充実して働いていなければ、当然お客さんのことなんて考えられるはずがありません。そういう意味でも社員の待遇は大切ですし、最終的にはパタゴニアの製品を手にしてくれたお客様の「クオリティ・オブ・ライフ」にまで影響するようなことを店やイベントで起こせれば、コミュニティの中でのパタゴニアの存在意義も高まります。そして地域社会が動くことが、環境問題解決の第1歩につながると考えています。

こどもの感性を育てるモリウミアスの環境

――辻井さんはモリウミアスにはもう何度か行かれているそうですね。

4〜5回はお邪魔していると思います。自然の中にいるこどもってめちゃくちゃ楽しそうなんですよね。僕のように大人になってから自然の楽しみ方を手に入れるのは大変です。いまだに火を起こすことも、虫もあまり得意じゃないです(笑)。育ってきた環境が原因なので仕方ないのですが、小さな頃から自然に触れていれば、多様性が何かも直感的にわかりますし、木登りしていれば何がリスクかも自ずと考えるようになります。そういう意味で、モリウミアスのような自然の中で体験的に学ぶ場所の存在というのは本当に大切だと思います。

海外では「自然欠乏症候群」というのが問題になっていて、こどもが自然にまったく接していないことで「キレやすい、コミュニケーションがとれない、大人になって恋愛ができない」といったことが起こるそうで、因果関係を証明する学者も出てきています。健全な自然がちゃんとあって、自然の中で時間を過ごすことが人間にとっていかに大切かがわかる事例だと思います。モリウミアスに行くと、僕自身とてもリラックスできます。リアス式の海岸と森、あれだけの豊かな自然がぎゅっと詰まった環境はなかなかないですよ。

――確かに、モリウミアスは素晴らしい環境ですよね。

しかも、野菜を植えたり地元の漁師さんと魚を捕ったり。「食べる」という行為を自分で感じれば、海を汚してはいけないと思うでしょうし、釣った魚のお腹からもしプラスティックが出てくれば、「どうなってるの?」とこどもたちは思うはずです。
以前シーカヤック仲間と気仙沼の漁港でテントを張っていたら、地元の漁師さんが魚の煮付けを持ってきてくれたんです。翌日も、僕たちが出発する前に捕れたての釜揚げシラスを人数分持ってきてくれて。売ればお金になるのに、「俺たちは太平洋銀行で食べさせてもらっているから、元本に手を出しては駄目なんだ。それに、利子の部分を捕ることが出来る自分たちは、自分たちが生活する分と食べる分があればあとはあげるのが当たり前」だって言うんです。考えさせられました。そうした素晴らしい文化が未だに残る東北で、地元の漁師さんと触れ合う機会が得られることは本当に貴重だと思います。

――モリウミアスはこどもにとってどんな場所だと思いますか?

自然と接することができないこどもや、両親が都会育ちでこどもを自然でどう遊ばせていいのかわからない、あるいは核家族化して共同生活を体験したことがないこどもたちが、こども同士で何かを話し合って決めるとか、そんな機会をつくる「場」でしょうか。

こどもたちの未来のために

――こどもたちの未来をよりよいものにするために、大人ができることはなんだと思いますか?

こどもの話を真剣に聞くことじゃないでしょうか。今の高校生や中学生、小学生は、エシカルやフェアトレード、環境のことなど、小さい頃から聞いて育っていると思うんです。少なくとも、僕たちがこどもの頃よりはずっと。そんなこどもたちがどうしたいのかを大人はきちんと聞いて、実現する手助けをすべきです。
ともすれば、「大人の言う通りにすれば大丈夫」となりがちですが、今のこの状況をつくったのは我々大人です。インフラは必要ですし、そのために必要な公共事業もあるので、資本主義がすべて悪いとは思いません。ただ、これまでのやり方では通用しなくなった今、違うやり方を考えなければいけなくなったのであれば、自分たちの世代よりも、違う視点で物事を見ている次の世代の人たちの中に、解決の糸口があるんじゃないかと強く感じます。だから国会で審議しているような問題だって、小・中学校の学級会で議題に上げて意見を求めたらいいと僕は思います。小学校高学年や中学生にもなれば、きちんとした客観的な情報を提供して、大人がきちんとファシリテートすれば、自分たちの未来の選択肢として何を残したいかくらいは、考える力はありますし、彼ら、彼女たちを過小評価してはならないと思います。

――辻井さんは、これからの世の中をどんな未来にしていきたいですか?

人間はもちろん、動物や植物も含め、できるだけ多くの生き物が公正に生きられる社会になるといいなと思います。ぐっと話を絞れば、パタゴニアはアパレルメーカーですから、人間が行なう洋服づくりの現状を変えていく責任があります。2013年の4月24日にバングラディシュの縫製工場で大きな崩落事故がありましたが、あれから5年経った今でも火事や事故、薬品を浴びるなど、労働環境の問題から製品づくりに関わる多くの人が毎年命を落としています。日本では近江商人の教えとして有名な三法よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)に加えて、「作り手よし」と「未来よし」が実現する社会になればいいですね。

――最後に、パタゴニアを通して世の中に伝えていきたいことは。

日本では、これまで異常気象や土砂崩れ、集中豪雨で人が実際に亡くなるまでの被害に結びつくことが少なかった分、環境問題を身近な問題として捉えづらかったと思うのですが、7月に西日本で豪雨による多くの被害が発生しました。
環境の問題=人間の問題です。というのも、森がなくなろうが温暖化で4度気温が上昇しようが、地球がなくなるわけではありません。いなくなるのは人間や、それに巻き込まれる他の生き物たちです。
気候変動問題の分岐点はあと25年といわれていて、もし25年の間にCO2の排出量の増加曲線がこれまでの延長線上にあれば、手遅れになるといわれています。実際に、世界中の国々で被害も出はじめており、すでに地球全体が運命共同体とでもいえるフェーズに入っていると思います。気候変動問題が、支持政党や政治的な信条、宗教などの垣根を超えて、全員で解決すべき問題だということは、次世代を担うこどもたちによりよい未来を残すためにも、一企業として伝えていくべきだと強く感じています。

辻井隆行
東京都出身。パタゴニア日本支社・支社長。会社員を経てシーカヤック専門店に入社、アウトドアスポーツに魅了され国内外を回る。その後早稲田大学大学院社会科学研究科で環境問題を学んだのち、1999年にパートタイムスタッフとしてパタゴニア日本支社に入社。正社員となり、パタゴニア鎌倉店勤務、マーケティング部勤務、ホールセール・ディレクターなどを経て2009年より現職。入社後も長期休暇を取得し、グリーンランド(2003年)、パタゴニア(2007年)でシーカヤックと雪山滑降を組み合わせた旅を行うなど、自然と親しむ生活を続ける。2014年より、長崎県の石木ダム建設計画見直しを求める活動 ishikigawa.jpを通じて、市民による民主主義の重要性を訴える。